各国の様子

7/13 にMITのOCW をリードしてきた宮川教授によるOCWの講演について報告をします。

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MIT で2002に始まったOCW (Open Course Ware) のプロジェクトは、広く全世界の教育者、学生、独習者に MIT の授業で用いられている教材を公開するプロジェクトです。この流れは、やがて全世界的な潮流を生みました。この OCW の現状をMIT で OCW をリードしてきた、宮川教授が紹介してくださいました。

前半では、EU、アジア、米国を取り上げ、OCW の広がりと各国、地域の事情に応じて育成されつつある OCW の様子が解説されました。後半では、今年度中に OCW の完成を目指すMIT の様子が紹介されました。

OCW が立ち上がってから5年目となっているのですが、この間に OCW は世間にかなり浸透したようです。20カ国の約60のOCWプロジェクトから10言語でコンテンツが配信されているそうです。また現在、57の機関でOCWが始まりつつあります。日本では、22の大学が加盟する''日本OCW Consortium''という組織が発足し、世界的に最もしっかりとした協力体制が敷かれており、他国のOCW Consortiumのモデルとなっているそうです。

これまでは、MIT の OCW が集客数で圧倒的だったのですが、現在は MIT のコンテンツと他の OCW のコンテンツへのアクセスが拮抗しているそうです。半分冗談になりますが、Google を使ってベッカム (google:David Beckham]) と [google:OCW] を検索してみると、ベッカムが11,100,000で、OCWが4,800,000となります。ふと気づけば、[google:OCWのトップはわが東工大ではありませんか!東工大もがんばってるんですよ!

西ヨーロッパ

オランダ - Open Universiteit Nederland*1

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Open Universiteit Nederland は、Open University のオランダ版なのか、それとも Open University UK の出店なのか?それはともかく、大学の性格上 e-learning に力を入れてきた open univerisity も e-learning だけでは普通の大学との差別化が困難になってきて、OCW にも力を入れているようです。

OCWを提供することで、大学に通う価値が失われるのではないかという議論があります。Open Universiteit Nederland では、この大学が提供する膨大な e-learning の科目にうちの一部、一般に興味を引きやすい科目について OCW を介して講義資料を提供することで、この大学への学生の獲得を目指しているようです。

OCW ではしばしば著作権の扱いが問題になります。ひとつは、OCW で提供したい教材に取り込んだ素材の著作権の扱い、もうひとつは OCW を通して提供している教材自体の著作権の扱いです。OUN では教材を一律に Creative Commons によって提供しているようです。著作権の一部を開放することで、著述のより柔軟な利用の機会を与えたいという考えがあります。しかし、一般の人には複雑な著作権法著作権にまつわる権利関係の取り扱いは面倒です。このため、多くの著作物は著作者の気持ちに反して、過剰に著作権が守られており、それがデジタル時代においても、自由な情報の活用を阻む一因となっています。

Creative Commons は、著作権のうち、著作者人格権、商用利用、改変という最も重要なものについてそれぞれを認めるか否かを著作者が選択することを許した仕組みです。例えば、わたしのブログも Creative Commons を利用しています。この記事の左上にクリエイティブ・コモンズのアイコンが書かれていることでしょう。これは、原著作者のクレジットを残し、改変をしない形での非商用であれば自由に利用してもよいことを表しています。また、その実質的な意味、および法律的なバックグラウンドについては Creative Commons のアイコンをクリックすることで知ることができます。Creative Commons については以前より詳しい記事を書きましたので、参考にして下さい。

OCWCreative Commons の組み合わせは、OUN だけでなく MIT や慶應でも始まっています。

スペイン・ポルトガル

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スペインとポルトガルも伝統的に e-learing が盛んだそうです。「どうして?」と思ったら、南米にポルトガル語スペイン語を話す人がたくさんいるからだそうです。ヨーロッパの国々の国際意識は、いまでも植民地経営に根差した確固としたものがあるのですね。南米の学生がスペインやポルトガルの大学の教材を使って勉強し卒業するまでのあいだ、学生は一度も大学に来る必要がないのだそうです。ただ、学位を得るためには卒業式には出席しないといけないのだそうです。でも、その卒業式も南米各国ごとに大きな都市に出前卒業式のようなものが開催されるそうです。

この e-learning の伝統の上に OCW を利用して学生を獲得しようと試みは前述の Open Universiteit Nederland と同様です。

一方、スペインとポルトガルOCW は英語の内容も充実しているそうです。これは、南米との関わりとは別に EU 内の事情と関連しているそうです。フランス以外の EU の国々では学生の流動性を高めるために、在学期間内に EU 域内海外への留学を奨励したり、強制している場合があるそうです。このため、EU 域内の外国からの学生を受け入れるために、英語版の OCW を充実することで域内の学生を獲得し、そういった学生に向けて英語で授業を行っているようです。

EU の大陸には英語を話す国はないのに、不思議なことだと思ったのですが、面白いです。英語がグローバルな言語となっているのは、アメリカが唯一の超大国だからだという理解があったのですが、西欧も英語を積極的に採用しているとすれば、日本はいよいよ英語に力をいれないといけないように思います。

それと同時に、ポルトガルのような小さな国もやってるんだからとか、スペインのように人口のない国でもやっているんだからといった議論は検討違いだということもよく分りました。国際的な影響力は本国の面積や人口ではなく、地球規模での言語使用者数できまるわけですね。その面から、英語、中国語、ポルトガル語スペイン語に対抗して日本が世界の一角を占めるのはかなり知恵を絞らないといかないというのが実感です。

フランス - Paris Tech

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フランスのOCWの代表としてはParis Techが挙げられました。これは、実態としてはパリ市内の以下の11の単科大学が連携することで仮想的な総合大学のようです。

  1. Ecole Nationale du Genie Rural, des Eaux et des Forets (ENGREF)
  2. Ecole Nationale des Ponts et Chaussees (ENPC)
  3. Ecole Nationale de la Statistique et de l'Administration Economique (ENSAE)
  4. Ecole Nationale Superieure d'Arts et Metiers (ENSAM)
  5. Ecole Nationale Superieure de Chimie de Paris (ENSCP)
  6. Ecole Nationale Superieure des Mines de Paris (ENSMP)
  7. Ecole Nationale Superieure des Telecommunications (ENST)
  8. Ecole Nationale Superieure de Techniques Avancees (ENSTA)
  9. Ecole Polytechnique (EP)
  10. Ecole Superieure de Physique et de Chimie Industrielles de la Ville de Paris (ESPCI)
  11. Institut National Agronomique Paris-Grignon (INA P-G) et siege d'AgroParisTech

OCW のコンテンツは大学ごとに提供するのが普通ですが、Paris Tech では科目ごとに整理されています。このため、特定の科目の教材を探すのにあちこちの大学の OCW にアクセスする手間が省けます。これは想像になりますが、この仕掛けによって大学間の競争は高まるかもしれません。

宮川先生は、今後は OCW コンテンツ間での連携や協力体制を築くことが重要だとコメントされていましたが、その一つの先例として Paris Tech を見ることができるかもしれません。

イギリス - Open University UK

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イギリスには世界で最大の Open University があります。Wikipedia によれば、1969 年に設立され、1971 年から学生を受け入れたようです。現在、18万人の学生を抱え、そのうち 2万5千人は海外というマンモス大学です。さらに、学生の満足度調査では、2005年と2006年にイングランドウェールズのトップを飾ったそうです。*2

300近いコンテンツを提供し、EU で最大の規模の OCW となっているそうです。Arts and History で目を引いた科目にはこんなのがありました。

  • Picturing the family (12 hours)
  • Start writing fictions (12 hours)
  • Delacroix (16 hours)
  • Writing what you know (8 hours)
  • Finding information in arts and history (9 hours)
  • Babylonian mathematics (8 hours)

IT and Computing には、データ構造とアルゴリズムのような伝統的な授業もあるのだけど、ぼくが受けるとしたら世間の様子を知りたいから、こんな感じです。

  • Living in the Internet: keeping it safe (10 hours)
  • Living with the Internet: online shopping (5 hours)
  • Finding information in information technology and computing (9 hours)
  • ICTs in everyday life (4 hours)
  • Introducing ICT systems (9 hours)
  • ICTs: Technology news (8 hours)
  • An introduction to e-commerce and distributed applications (8 hours)
  • Network security (25 hours)
  • Distributed paradigms (4 hour)

アジア

日本 (Japan Open Courseware Consortium)

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日本の OCW は、Japan Open Courseware Consortium (JOCW) が 2005 年に、慶應、東大、京大、阪大、東工大早大の6大学が記者会見をして発足してから、着実に発展を続けて、現在、22の大学が加盟しています。ウェブサーバのアクセス履歴によれば、本年5月のユニークな訪問者数*3は18万人だったそうです。

日本の JOCW の仕組みは世界的な枠組み (Global Open Courseware) のなかでもしっかりと組織化が進んでいるそうです。そのため、アジアには JOCW を見本にそれぞれの OCW の組織化を図っている国々があるそうです。

日本のOCWの試みで面白いのは、各大学の人気コースを紹介するコーナーがある点です。宮川先生は、東大の学術俯瞰講義ノーベル物理学賞受賞者の小柴先生や小宮山総長といったトップクラスの人々の講義に触れられる点、京大の臓器移植では現実の手術の現場に立会える点に感銘を覚えた様子でした。いずれも PodCast を用いた映像配信となっています。手術の場面は迫力ですよ。

韓国 (Korea University)

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韓国でも Korea University で OCW が立ち上がったようです。まだ、提供されている科目数は少ないのですが、提供されているものについてはほとんどが英語です。

ベトナム (Vietnam OpenCourseWare)

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OCW は、ほとんどの場合、各大学ごとに取り組む場合がほとんどですが、ベトナムは国家レベルで OCW を構築しようとしている点で他と異なります。

VOCW - Vietnam OpenCourseWare - is a joint project among the Ministry of Education and Training (MOET) of Vietnam, the Vietnam Software and Media Company (VASC) and the Vietnam Education Foundation (VEF) to make opencourseware (OCW) materials easily and freely to the Vietnamese including university faculty members, students and self-learners.

現在のところ14の大学が参加しているようです。内容はベトナムの言葉で書かれているのでしょうか、よく分りません。

宮川先生に聞いた話なのですが、インターネットのトレンド分析によれば、世界でもっとも注目されているOCWの組織がVOCWだそうです。詳しい理由はよくわからないのですが、要注目なのでしょうか?

米国

このあたりの話も面白かったのですが、筆記が疲れてきてメモに残っている内容が乏しいです。ごめんなさい。

John's Hopkins

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John's Hopkins大学は米国でMITに続いて最初に OCW を導入した大学だそうです。

UC Irvine

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カリフォルニア大学Irvine校です。まだ、公開されているコースは少ないようですね。

宮川先生のお気に入りは、大学生に個人資産運用を教える科目だそうです。"Fundamentals of Personal Financial Planning"かな?宮川先生は「普通なら高い費用をはたいて金融セミナーに出席しないと学べないような内容」とおっしゃってました。自宅のMac/Safariでアクセスしたときはシラバスの内容くらいしか見られなかったので、「大した内容じゃないけど、どうして?」と思っていたのですが、大学でブラウザをCamino (FirefoxMac に移植したもの)で見直したら各ページトップにある Topic や Page のメニュー項目を開くことができました。なるほど、リッチな内容です。ぼくも将来の資産形成に向けて勉強しようと思います。

U. IrvineOCWのページには Resources タブに米国内外の OCW へのリンクがあります。

Africa Virtual University へのリンクは辿ることができなかったのですが、ここに主要5言語による OCW へのリンクがまとまっているということになります。

MIT

この日の講演の最後に紹介されたのが真打のMITです。MITでは、OCWの発足から学科ごとに着実に公開コースの数を充実させ、今年度の終りには全部で1,800のすべてのコースについて教材を公開し、OCW をひとまず完成させようとしています。

MITへの訪問者数は約200万人/月。アクセスの多い地域は、北米、東アジア(日中韓)、西欧、南アジア(インド)、南米、北アフリカ*4、オーストラリアの順だそうです。インターネットが充実していないアフリカの大学を支援するために、OCW のコンテンツを複製したハードディスク1000個をアフリカの大学に配布しているそうです。こちらへのアクセスは集計されていません。

MITへの訪問者の内訳は、49%が自習者、17%が教員、32%が学生となっています。アクセスの傾向から、学期内は期末試験に向けてアクセス数が上昇する傾向にあるそうです。コンテンツでは電子工学、物理学、数学が人気が高いそうです。訪問者の66%は学士以上の学位を持っています。

学生だけでなく、MIT の教員にも OCW の評判は比較的よいようです。80% の教員が OCW に関わっており、40% の教員が OCW の有用性を認めています。教員が OCW を見て学んでいる様子が明らかになったそうです。また、38% の教員は授業のなかで OCW を活用しているそうです。そうではない教員も、課外学習に OCW の内容を利用するのは一般的だそうです。この結果、MIT の学生の 71% と教員の 60% が MIT の OCW を活用しています。

また、新入生へのインタビューによれば、35% が高校生のときに MIT の OCW を見たことが MIT への進学の判断材料となったと答えたそうです。また、卒業生の42%がOCWを活用しています。

終わりに

宮川先生は講演を以下のような内容で結びました。

OCWが特別な存在であった時代は終ったと見ていいのではないか。今は、大学のウェブがあって、その片隅に OCW があるけれども、本来は OCW こそが大学の商品なのではないか?メーカーのウェブページのトップに社長の挨拶が書かれてるだろうか?大概は、商品のリストでしょう。ウェブページというのは、インターネットの利用者のニーズに答えるべきで、それを最優先していけば、自然と OCW に近い姿になっていくのではないだろうか?なぜなら、教育と研究の二つが大学が提供できる最大の資産であり商品なのだから。

講演の最後には活発な質疑が交されました。それも面白かったのですが、割愛させていただきます。一部の重要な質問については、記事のなかのコメントとして記載しました。

*1:Open Universityというのは名前は聞いたことはあるのですが、内容は私はよくわかってません。WikipediaのOpen Universityの項によれば、英国に創設され、定時制あるいは遠隔講義によって教育を受ける機会を与えることを目的としているようです。いまはあちこちに Open University を冠する大学はあるのですが、Wikipedia はそれらについては触れていません。

*2:一時期、大阪芸大の写真に関するコースを受講しようかと考えたこともあったけれども、Open University を利用するという手もあるんですね。英語の勉強と併せて一石二鳥かも。でも、メインサイトにアクセスしようとしたら、開けませんでした。イギリスも海の日なの?

*3:この調査は、Global Open Courseware が定めた方法にしたがって行われています。一般に用いられるページビュー数は、同じ人が連続してアクセスした回数を重複して勘定してしまいます。OCW の計数方法では 30分間で Expire するクッキー情報を利用し、30分以内に同一端末からアクセスされたものは同一人物とみなします。

*4:アフリカはインターネットでも暗黒大陸と言われますけれども、北アフリカはかなり充実しているようです