民放のテレビ番組制作とロングテイル現象

前回の日記でご紹介したロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略と前述の講演会のテーマだったテレビ番組との関係について考えてみたいと思います。


従来のマーケティングの世界での常識は20:80法則が支配していました。簡単に言えば、どんな業種においても売れ筋の商品は、全商品の20%であって、これら20%の商品の総売り上げのうち80%を占めるということです。これに対して、人々のうち豊かな20%による消費が全消費量の80%を占めるというバリエーションもあります。この常識に沿った形で、お店には売れ筋商品ばかりが並び、顧客に対してもお得意様への優先的なサービスが工夫されてきました。

今世紀に入ってから、事情がやや変ってきました。amazon, e-bay, ecast などのようにウェブを介して従来の常識を凌駕する種類と量の商品を提供することがビジネスとして成立してきたからです。この変化が基本的には、ムーアの法則に支えられた半導体技術の進展に伴って電子的記憶媒体の価格が低下し、大衆が高速なネットワーク環境を手にしたことに負うことについては、梅田さんがウェブ進化論のなかで述べておられます。つまり、e-business では商品であるデジタル情報を保管するコストと商品の発送に伴う物流コストが限りなく小さくなったのです。このため、無限とも思える商品のバリエーションを揃えることができるのです。また、デジタル情報は複製して配布できる点も重要な点でしょう。つまり、大勢の人が購入する商品であっても、たった一つのコピーを複製するだけで配布できるので「量」の問題はそもそも生じないと言ってもよいのです。

このような環境において、商品を陳列する判断基準としては基本的には、商品の保存に要する記憶装置の価格と商品を売って得られる利益の比較ということになるでしょう。たとえば5MBの音楽ファイルについて考えてみましょう。300GB の安いハードディスクでしたら15,000円で手に入りますので、音楽ファイルを保存するの必要な領域は 0.25 円となります。音楽ファイルを売って得られる利益が一曲あたり 20 円だったとして、これが一年に一回でも売れればビジネスとして成立します。

実際に、e-business の様子を観察するとほとんどすべての商品が3ヶ月に一度は売れるのだそうです。たとえば、DVDの宅配レンタルサービスのネットフリックスでは25,000種類のタイトルのうち、95%が三ヶ月に一度はレンタルされたそうです。また、iTunes Music Storeの100万曲のうち3ヶ月でダウンロードされなかったものはないそうです。

ロングテール現象はビジネスのやりかたを変えることで、従来は商売にならないと考えられていた商品に日の目を合てるようになってきたと考えることができるでしょう。このことは、これまで御仕着せのわずかな商品群からの選択を求められていた人々に、無限の可能性を与えていることになります。また別な見方をすれば、今後は人々は無限の選択肢が与えられていることを前提として行動するに違いありません。

翻ってテレビ放送に目を向けてみると、わたしは東京で育ったので7つのチャンネルに親しみました。これでも、地方の人々からは羨しがられたものです。これに対して、現在では映像メディアとしては、いわゆるテレビ放送、衛星放送、ケーブルテレビ、DVDなどがあります。さらに、最近ではGyaoのようなウェブ TV、YouTubeのようなビデオ配信メディアなどがあります。この意味で、すでに映像の世界はロングテールに飲み込まれていると言ってよいでしょう。

このような環境において、テレビ番組の制作に従来のマーケティング戦略がうまく適用できなくなっているのかもしれません。ここをごらんのかたにはあたりまえですが、今日、ブログやソーシャルネットワーキングシステム(SNS)のような友人関係のネットワークをサイバーな世界で構築する基盤が整いつつあります。今年、YouTube が爆発的に広まった背景には、素人が制作費をかけずに作成したつたない作品であっても、サイバー空間におけるソーシャルネットワークを通して、こうしたコンテンツが受け入れられていることを示しています。

一方で、YouTube著作権問題が発生していることも注目すべきでしょう。放送されたコンテンツが違法にYouTubeにアップロードされる問題であり、放送局はつねにYouTubeを監視する体制にあるということです。この問題、自体の議論はさておき、この現象は人々が依然としてメインストリームのメディアに依存する傾向を示しているのではないでしょうか。つまり、80:20法則からロングテールへの移行しつつあるのですが、それでも依然としてメインストリームとしてのマスコミの力は大きくロングテールの左側、つまり売れ筋として厳然として存在しているように思えます。著作権の問題はどちらかといえば、人々のビデオコンテンツの利用の仕方に対して、従来の放送局の収益メカニズムがうまく働かなくなってきたということのように思えます。